2002.07の「ヤマザキ3行日記」

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#2002.07/31    関心の交差点

 地方の民放に勤める人からこんなメールをもらった。
 「番組編成」の仕事をしていて、毎日毎日、視聴率の数字だけをたよりに、「視聴者の像」を描き出すことばっかやっている。民放は視聴率第一主義で、高視聴率を出すためには「○○県的に」「正しい」「大衆」の像を浮かび上がらせないといけない。それを見誤ると会社の損益にもかかわってくる。しかし、どんな番組を編成してみても、なかなかうまくはいかないもので、やっていると、視聴率からマジョリティとマイノリティを形成しているものって、いったい何だろうかと思ってしまう。
 だいたいこんな内容であった。
 ははぁ、なるほど、競馬にたとえれば、(といって私は馬券を買ったりするわけではないが)、過去の実績をたよりに買っても、なかなか当たるものでもないといった感じに似ているのでもあろうか。
 もとより、私にも名案は思いうかばない。
 思うに、あらかじめ「大衆」の側に欲求があると前提して、それをさぐりあてようとすると、そのこと自体で後手になってしまうということか。番組もまた商品だから、資本主義の原理にしたがって、「売れる商品」を作るには消費者の欲望の創出が求められるのであろう。
 言うは易く行うは難し。
 かつては、ある種の番組を見ることが、知人・友人の間をとりもつ話題のトポス(場)として機能していたけれども、今はそういう場としての機能は低下してしまっている。メディアは多様化しているし、大量化している。大きなメディア上のイベントとしては、ニュースやある種のスポーツが、なおそうした場としては機能しているかもしれない。先ごろのW杯などがそうだったけれども、しかしそういう大がかりなイベントではないところで視聴率を獲得することは、難しいにちがいない。資金の問題もあろうし、「○○県的」な関心の交差点を見出すとなると。

#2002.07/26    韓国事情論を読む

 W杯があったせいで韓国事情論、日韓関係史論の類の本がけっこうでている。
 今度読んだのは、伊東順子『病としての韓国ナショナリズム』(洋泉社 2001.10)。
 W杯での韓国の盛り上がりの異様な盛り上がりについては、報道で見ておどろいたものであった。韓国のナショナリズム(民族としての意識・国民意識・国家意識)というのはどういうものなのだろうかと思っていたところで、この本の題名が目についた。内容は、「本書は学術書ではなく、あくまで体験記である」とことわられているように、韓国に住んだ外国人たちが、韓国の社会・人をどのように見たかを、著者自身の10年にわたる韓国での個人的な経験と見聞の集成として書いたものだ。韓国のナショナリズムを、真っ向から批判するというよりは、外から入った者にとって異和として体験されたことを、多くの体験・見聞を積み重ねながら浮き彫りにしていく書き方である。
 著者は「はじめに」でこんな風に書いている。

 本書は学術書ではなく、あくまでも体験記である。特別なインタビューをしたわけでもなく、十余年間の韓国生活のなかで友人たちがポロッとこぼしたり、愚痴ったりしたことを集めたにすぎない。ただ、ひとつ重要なことは、それぞれが韓国人と直接ぶつかったということである。これは日本人がぜひ知っておくべきことだと思うのだが、韓国人はナショナリズムを標榜しても、決して閉鎖的ではない。日本人のように「なんとなく外国の方はね……」といって避けるのではなく、ドカンとぶつかって、ガンとはじけるのだ。友情は? もちろん成立する。ただし、今はまだ「韓国人の流儀に合わせれば」という条件付きだ。
 韓国のナショナリズムはほんとうにエキセントリックだった。でも私たちは決して排除されたわけではない。ただ、「ちょっと、ついていけなかった」だけである。
 いわゆる、「韓国文化論」とは異なる。すなわち、こちらに観察主体があって、観察主体の位置は不問にしながら、対象としての「韓国」を批判的に描き出すというスタイルではないのである。あくまで、著者を含め、外から入って「韓国」を体験した人を通じて、「韓国」体験を受け止めている側の条件と、韓国人の振るまいの背景にある歴史や制度に言及しながら、「韓国」を浮き彫りにしていくという手法がとられている。
 「親日派の弁明」との決定的な違いは、「韓国(人)」「日本(人)」といった国名や国民の一般名詞で把え裁断するのではなく、「フィリップ」や「マイク」や「金」や「伊東」といった固有名をもつ人の振る舞いから、彼(女)らの立つ制度環境やその歴史的背景という奥行きへと思考がのびていくことで、対話可能性が問われていくという点にある。

#2002.07/18    バカボン

 キム・ワンソプ『親日派のための弁明』(荒木和博・荒木信子訳 草思社 2002.7)をざっと読んだ。
 報道されてもいるように、この本は韓国では「青少年有害図書」としてビニール包装され「一九歳未満購読不可」と表示されて、書店では一般書籍とはいっしょに販売できないという規制を受けているとのことだ。日本の韓国統治の歴史は、当時の朝鮮にとって次善の選択として自ら選択したものだと主張し、日本の歴史教科書問題で問題になっていた当の歴史観を肯定する言辞も含まれているから、それだけ官憲の目が厳しいということであろう。
 この書はいくつかの明確な前提に立脚している。
 現在の韓国の発展(韓国の近代化)を肯定するのなら、それを可能にした礎を築いた日本統治を肯定すべきだという観点。
 そして、これからの韓国を国際経済・政治の場から見ることで、韓国の反日ショービニズム(排外的な愛国主義)の風潮を批判しつつ、反米の立場に立って、日本を中核としたアジア圏を構想していることである。そういう視点から、日韓併合の歴史を支持し、大東亜戦争を肯定して、「二一世紀の「大東亜共栄圏」の夢」を語ることになる(第1部夜明けのアジア)。
 そのような観点から韓国史が読み替えられ(第2部相生の歴史)、最近の韓日関係の社会的な出来事や政府関係・民間人の発言を題材として韓国の反日的言動に批判が加えられる(第3部カミカゼの後裔たち)。

 「親日」の視点というよりも、北米・EUの政治経済ブロックに対抗するアジア圏「大東亜連邦」を構想(第1部の終りで述べられる)する視点から日本と韓国の関係史が読み替えられることで、アジア圏の盟主にふさわしい国として日本がもちあげられ、その構想の視点から韓国在住の韓国籍人による韓国の対日歴史意識・対日政治意識への批判を主要な内容としている。そして、政治史を中心として読み替えられるがゆえに、民衆史・女性史・文化史レベルの多元的な曲折を読む視点はことごとく払拭され、継ぎ目のない(seamlessな)史観が語られる。
 新しい教科書をつくる会がもちあげられているが、しかし、この会の欲求、継ぎ目のない歴史を語ることで日本のアイデンティティと威信を肯定的に回復しようとする欲求は、むしろこの書で批判されているところの韓国のショービニズムとこそ通底しているように思われる。
 「大東亜連邦」肯定論の主張のために、過去に起こったあらゆる悲惨な出来事をしかたがなかったとするseamlessな物語のうちに歴史を語ってしまうバカボン(馬鹿本)で、野蛮だというのが端的な感想である。

#2002.07/14    『神聖喜劇』

 大西巨人『神聖喜劇』が光文社文庫版で再刊された。全5冊で、11月まで毎月1冊刊行の予定だそうだ。ちくま文庫版を買いはぐっているうちに、あっという間に品切れになってそれっきりであったが、これでようやく手に入る。ただし、修訂されているとのこと。

#2002.07/09    

 毎日蒸し暑い日が続くと思っていたら、とうとう蝉も鳴くようになった。

#2002.07/01    社会関係の平準化と気概の枯渇

 理想主義は、20世紀においてマルクス主義に牽引されるところの「左翼」として多くの"知識人"の心をとらえ、さまざまな社会的な実践を導いた。戦前の非合法活動へ、戦後は街頭の集団行動へ、そしてその消滅。たとえば、キリストの神のようなものとして「大衆」を見出したと語った亀井勝一郎のような「左翼」への理想主義的な接近がありえた時から、戦後の「大衆の変質」による理想主義の変質として理解できるだろうか。
 そうした変質には、戦後民主主義の教育体制による社会(個と個の関係)の平準化が底辺で作用してもいただろう。
 磯田光一風(『左翼がサヨクになるとき』)にいうと、「サヨク」へと変質したわけだが、「左翼」の行動を導いていた「気概」の根はなんだったのだろうか。社会において自己実現しようとする意識が、"階級社会"という枠組みによって見出される社会の不条理に、その投身の場を見出したということだったとすれば、「左翼」から「サヨク」への変質には、人の心に訴えた社会関係があったことが気概の根だっただろうか。
 だとしたら、社会を明確に規定する基準枠(たとえば、階級であってもいいし、年功序列であってもいいし、学歴であってもよい)がなくなっていないとはいえ、曖昧なものとなりつつある今、もはや「サヨク」ですらなく社会へ働きかける動きがありうるとしたら、それを促す気概は何を根にすることになるのだろう。
 というようなことを、W杯に対する韓国と日本のサポーターについて、海外の記者が、日本のサポーターの「インターナショナル」な反応! を、肯定的に受け止めているという報道をみながら、思った。

YAMAZAKI Yoshimitsu
E-mail:yymzk@fo.freeserve.ne.jp