[3行日記TOP] / [HOME]

010001
3行日記 [1]

INDEX

日付タイトルボタン
2005.05.22この四半世紀に失われているもの010013
2005.05.16これまでの成長、これからの成長〜魚のように泳いでみたい、その後010012
2005.02.16大阪・寝屋川17歳少年小学校侵入教員殺害事件010011
2004.10.07猫とのコミュニケーション010010
2004.09.28ネット上で詐欺?010009
2004.09.24久々に涼しい夜010008
2004.09.23自動車保険010007
2004.09.19理想の住宅010006
2004.09.16魚のように泳いでみたい 010005
2004.09.15固定電話をめぐるトラブル010004
2004.09.13運動の秋到来010003
2004.09.09「百文の一見」欄のうずまき始動010002
2004.09.07「雑文誌うずまき」のリニューアル010001


2005.05.22
この四半世紀に失われているもの

 仙台のマンモス私立高校の行事で、早朝4時から22キロほどのウォークラリーに出発してまもなく、国道を横断中に酔って居眠りしたRV車が列に60キロほどのスピードで突っ込んで生徒3名が死亡する死傷者が出たというニュースがあった。
 その学校で非常勤をしていたことがあったこと、その近くには数年にわたり家庭教師で行っていたことがあること、松島までの夜間歩行を大学時代に2度参加して同じ国道を歩いた経験があることなど、私の記憶の場所と関係の深いニュースだった。

 こういう事件があると、こうした行事は継続が難しくなるかもしれない。今どき、500名以上の生徒を20キロ以上歩かせる行事など、やっていること自体が奇跡的とも言える。
 正直、内部の様子をうかがった者として、すばらしい学校だったとは言いにくい学校であったが、しかし、こうい行事を継続しているところは、今どき貴重だろう。
 小学生の拉致事件なども絶えないために、遠足に連れて行くのにも小学校では神経を使うような世の中である。そうでなくとも、何か事故が起きれば、なんやかやとうるさく責任が問われる今の世の中で、高校生とはいえ、入学したての1年生に20キロ歩かせるなどというのは、壮挙と言える。
 これでなくなることになるのは、残念なことである。

 少し前に、ニュース番組の特集で、たとえば長野の田舎町ですら、小学生が運動不足になっているという報道をしていた。小学校の合併で通学にバスを使うようになったあげく、子供だけで通わせたり外で遊ばせたりする危険も多くなって、親が車で送り迎えすることも原因なのだという。田舎の子供は外でよく遊び心身健康だなどということ自体が幻想になっているという意味で衝撃的な報道だった。

 この事件のニュースを見た直後に、NHKアーカイブスで、1985年の番組をやっていた。岩手県北部の県立高校応援団が、野球部の県大会予選の応援のために、先輩から受け継がれたボロボロの学ランを着て、下駄やわらじを履き、80キロの道のりを歩いて行くという伝統行事を取材したものだった。今やありえないことであろう。全くの過去のお話になっているという印象とともに、現在失われているものの実質を感じさせる番組であった。
 その番組に出てくる高校生の姿は、さながら修行僧のそれのようなものだ。自分の限界に挑戦したいといって、やみくもに80キロ歩いてしまおうという発想は、今や冗談ですら出てこないだろう。
 スポーツは盛んになっても、こういう馬鹿げた振る舞いは姿を消しているし、やりたいと思ってもほとんど不可能になっているだろう。
 この四半世紀ほどの間に、その時点ですら失われつつあって、今や完全に失われているものが、そこにあるような気がする。


[TOP]


2005.05.16
これまでの成長、これからの成長〜魚のように泳いでみたい、その後

 「魚のように泳いでみたい」と記してから、はや半年以上になる。

 春先、しばらく怠けていたが、連休中からまた泳ぎに出かける回数が増えている。
 まず、成長著しい点は、50Mを単位として泳げるようになったことだ! やっと「泳いでいます」と小さな声でなら言えそうな感じだ。目標は、100mずつ泳げるようになること。
 そして、今月に入ってからは、1KM泳ぐようにしている。だいたい40-50分くらいだ。途中息をととのえるために歩いたりしていると、だいたいこれくらいの時間がかかる。目標は、30分程度で、楽に! 1kmを泳ぐことだ。
 夏までには、達成したい。
 もう一つ、最大の問題点がある。実は、私は平泳ぎしかできないのである。むぅ。
 これは練習しないからだが、クロールが苦手である。やらないものだから、クロールで使う筋肉の部位もどうやら鍛えられていない感じなのだ。これはいかん。2種類を交互に組み合わせて泳ぎたいものだ。

 スポーツジムというと、いかにも筋肉隆々で、鍛えられ、慣れた人たちがまずいて、それ以外の人たちが肩身狭くちまちま体を動かしている光景を、なんとなくイメージしていたものであったが、行ってみると、全く逆である。まずおばはん。そしておっちゃん。これは時間帯にもよるから一概にはいえない。夜中であれば、若いのが多いのでもあろう。しかし日中から、夕方・夜にかけては、少なくとも私の行っているところは、そんな感じである。
 プールがとくにこの傾向が強い。こっちが圧倒されるほどのうまさで泳いでいる人というのは実際のところ意外と少ないのには救われる。むしろ、圧倒的に泳ぎが下手な人の方が多いと言っていい。けっこうな割合で、歩くだけという人もいるのである。
 もちろん、そういう環境への甘えは禁物であるし、そもそも私はそういう環境に身をおいても、とても上手い方だとは言えない。

 まずは、目標達成だ。


[TOP]


2005.02.16
大阪・寝屋川17歳少年小学校侵入教員殺害事件

 ゆとり教育の見直しが本格化するとのニュースも流れているが、今回の事件は、ちょうど総合学習の時間におこったようだ。「学校は当時、6時限目。3年は通常の授業中で、4〜6年は保護者も交えた特別授業中、1〜2年生は放課後だった。」(「毎日新聞」2月14日)。

犯人の少年が、ひきこもりで中学校も途中で行かなくなっていたというのだから、「生きる力」の弱い、正しくゆとり教育がその改善を目指していたターゲットたるタイプの少年であったといえるとしたら、現在の日本の教育および教育・社会環境が抱える象徴的な事件だといえそうだ。

小学校の先生に対する怨恨だという供述があるとかないとかいう報道もあるけれども、仮にそうかたっていたとしても疑わしい。特定の教員に対する怨恨だとしても、卒業して5年もたってから、その怨恨がその後の人生のなかで消化されていないということの方がむしろ問題だと言えるだろう。

場所は、大阪の寝屋川だが、ココは最近駅前の再開発も進み、10年前とは別の場所とも言えるくらいにキレイにかわってきている郊外住宅地。当の小学校の前の歩道など、化粧タイルで舗装された再開発の象徴ともいえる通りで、市の中心部。ちょっといけば、市役所も、市で一番大きな郵便局もあり、少年の通った中学校は市内でもっとも古い学校のはずで、その中学校の向かいには市民会館がある。社会環境的にも、地域再開発の現代的変化がもっとも標準にすすんでいる場所だといえるだろう。犯行につかわれた刃物が買われたのは駐車場の大きな郊外型大型店舗のホームセンターらしく、この店も2〜3年前にオープンしたところである。

「安全管理」の問題についても、門のインターホンを通じて卒業生だとかたって入り、案内されていく途中で亡くなった教員は刺されてしまっている。見たところ不審者ともいえず、出入り口の監視・管理だの、控え室にまず案内するべきだなどという対応策の網の目から漏れる、安全対策ではどうにもしようのない事例なのだ。

学校の説明会に参加した保護者に、「学校側の謝罪がなかった」などと怒っている者がいたという報道もあったようだが、学校に謝罪するような落ち度があったようには思えない。職員室で刺された教員も、こういう侵入者用に用意された「さすまた」を使ったようである。この学校でも毎朝ボランティアが通学路に大きな旗をもって立っており、集団登校もしていた様子である。今どきの小学校の安全対策は、あらゆる意味で行われていたといって過言ではない。学校に謝罪を求める保護者の心理というものは、むしろ、こうした安全対策の網の目を完全にくぐりぬけてしまう事例を前に、どうにもしようがない得体のしれない者に対する恐怖を、理解可能な仕方で魂鎮めしてほしいという願望のあらわれでしかない。愚劣で身勝手な発言である。同様に、学校の安全管理といった局所的な問題として捉えることも愚劣であるように思える。そういう気休めは、コトの問題点を隠蔽する姑息な処置にしかならないし、逆効果にしかならないように思える。

つまるところ、安全管理の責任だの、安全対策だのという問題を、超えた問題であるようにしか、私には思えない。むしろ、こうした事例から、全国津津浦々で学校の「安全対策」がすすみ、それだけ生きづらい環境がつくられてしまうことの方が、よりいっそう行き場のないストレスがたまりやすい社会・教育環境をつくってしまうように思える。犯人の少年は、そういう環境だからこそ犯行に及んだのではなかったか。

完全に安全な社会というのは、まったくもって生きていたくない社会のことではないのか。

そうであるがゆえに、最善の方法というようなことは思い浮かばないが、少なくとも、今回の問題が突きつけているのは、学校の問題というよりも、今の社会が抱えている社会システムの問題だし、そういう社会に生きる人にとっての生きる意味の問題であるように思う。


[TOP]


2004.10.07
猫とのコミュニケーション

 猫の登場する小説やら随筆やらをあさってみようとして、なかなか網羅的には調べがつかなかったのだが、谷崎によく知られたエッセイがある。「客ぎらい」(中公文庫「陰翳礼讃」所収)。谷崎という人は、まぁよく面白いことに目をつけてエッセイも書く人だが、これも面白い。

 「猫好きの人は誰でも知っているように、猫は飼主から呼ばれた時、ニャアと啼いて返事をするのが億劫であると、黙って、ちょっと尻尾の端を振ってみせるのである。」。
 「何にしてもその尾を以てする返事の仕方には一種微妙な表現が籠っていて、声を出すのは面倒だけれども黙っているのもあまり無愛想であるから、ちょっとこんな方法で挨拶して置こう、と云ったような、そして又、呼んでくれるのは有り難いが実は己は今眠いんだから堪忍してくれないかな、と云ったような、横着なような如才ないような複雑な気持が、その簡単な動作に依っていとも巧みに示されるのであるが、尾を持たない人間には、こんな場合にとてもこんな器用な真似は出来ない。」。

 これを読んで、そんなものかとためしてみると、やはり尻尾を振った。犬と比べて猫は言うことをきかないと言われるが、それはその通りでもあるけれど、微妙な愛想はあるし、幼ければとくに甘えるし、独特の距離の取り方はするけれども、決して勝手なばかりでもないようである。部屋から閉め出されたりすると、おそろしい声で啼くのも、適当な距離をおいたコミュニケーションが大事なのであろう。
 ちなみに、うちのは、最近「ジャンピングだっこ」がお気に入りである。毎朝元気に走り回って、机の上などから人の胸元めがけてジャンプしてくるのである。机のようなものがなければ足下からはいのぼってくる。キャッチするとゴロゴロいうのだ。かと思うと、もうすぐおろせおろせとバタバタしている。

 くだんの谷崎のエッセイ冒頭には寺田寅彦のエッセイへの言及がある。寺田寅彦は、野良猫を拾って何匹も飼った人で、それをいくつものエッセイで書いている。実に細かくいろいろな出来事や猫の振る舞いを書き込んでいて面白い。
 最近の作家では、村上春樹や保坂和志なども猫派の作家として知られているけれども、やはり笙野頼子の捨て猫小説が群を抜いている。これを寺田のエッセイと並べて読むと、捨て猫事情も現代化していることがよくわかる。


[TOP]


2004.09.28
ネット上で詐欺?

 今年は浅間山の噴火に、東南海地震もあったが、台風の上陸も多く、末世の観が漂う。また明日にも台風が九州から上陸して列島縦断するらしい。おかげで、またも蒸し暑い夜である。

 今年になってから、ときどき変なメールが届く。HPや掲示板にメールアドレスなどを書くと、ダイレクトメールが増えることは仕方がないが、謎の女名で、たとえば次のような文面のものが届くのだ。

 「一応返信して見ましたけど誰ですか?前に使ってたチャットの人ですか(・・?」

 あるいは、同じものを受け取った人も、今これを読んでいる人のなかにいるのではないか。もとより身に覚えのあるようなことはいっさいない。そもそもこのメールが届いたのは、個人としてのアドレスではなくて、団体HP管理用の代表アドレスなのだ。
 面白いのは、まったく同じ文面、同名の者から、別のアドレス宛にも届いていることである。不特定多数に大量送信されているのだろう。署名に記された名前は同じだが、アドレスの違う送信者からである。
 この手のメールを送りつける意図はどこにあるのだろうか。
 ネット上に限らず、詐欺というのはそういうものだが、あたかも親しくなりたいですといった感じで接近し、個人情報を知った上で詐欺行為に及ぶという手順を踏む。これもまたそういう種類のものだろうか。寡聞にして、こういうメールをきっかけに詐欺にあったという話を、私は聞かないが。

 返信して追跡してみたら、その辺の事情もわかるだろうか。


[TOP]


2004.09.24
久々に涼しい夜

 日中は、かなり蒸し暑かったが、晩になるとかなり涼しい。窓を開けておくと涼しい風が通る。夜中になると、やや肌寒いかと感じられるくらいにまでなった。何ヶ月ぶりのことだろう。ようやく夏が去ったかと思える。

 先日、私の住む町がすし詰めの住宅地だと記した(2004.09.19「理想の住宅」010006)が、おとといしばしば買い物などで通りかかるあたりの住宅地で火事があったらしい。ネットのニュースで知った。風の具合もあったのであろうが、7軒が延焼で焼けたとのことであった。燃えてしまうはずである。


[TOP]


2004.09.23
自動車保険

 車を持っていると保険に入らねばならない。この秋にも更新しなければならないというので、ちょっと調べた。結論から言うと、三○ダイレクトが圧倒的な安さである。現在加入中のところも見積もりを送ってきたが、それと同等の契約内容で比べて4〜5万は安いのだからべらぼうだ。

 補償内容によっても金額は変わるから、これはあくまで私のケースである。
 事故の場合の相手については対人・対物とも無制限とし、自分(たち)自身についての傷害保険をいくらかつけて(死亡のことを想定するなら生保があるからそれほど高額にはする必要がないと思われる)、係争が生じた場合の弁護士費用特約などを付帯した見積もり。ちなみに、ロードサービスも付いてくるから、JAFへの加入も不用になる。
 もちろん、契約内容によって額は大きく変わる。
 たとえば、見積もりを見てみると、対人・対物補償の部分が約40〜50%、車両保険(自車の損害、盗難など)が半分以上になっている。だから、新車であるのか中古であるのかなど車の状態に対してどれだけかけるかによってもだいぶ変わってくる。
 ちなみに、この見積もりの内容は、現在加入中の保険よりもよい。内容がよくなって、額が4〜5万安いのである。これはどうしたことか?
 いわゆる通販で契約する保険であるのがまず大きな理由のようだ。代理店などの仲介がない分安くなる。外資系の損保などもけっこう安いところがある。しかし、いざというときに代理店が仲介してくれることで、グレーな部分について有利になるという話もある。だが、それもどれだけ役に立ってくれるかはわからないから、それに対して数万も払うのは見合わないだろう。
 もう一つは、これまで事故の実績がないことや、年齢、優良運転者であること(免許とって2年なのにゴールド免許!)などもかかわっているかもしれない。保険会社からすれば、事故を起こされなければまるまる収益になるわけで、優良な顧客を集めれば収益率が高くなる分値段も下げられるというのだ。だから、条件のよくない顧客に対しては高額、優良であれば低額にすればよいと。ある程度どこもやっていることではある。しかしその操作によって優良顧客を集めれば、業績を伸ばしつつ優良者については低額提供することもあるかもしれない。

 いざというときの対応がどれだけしっかりしているか、どれだけきっちり補償をしてくれるかといった部分については、どこが、どれくらいしっかりしているのかわからない。自社のサービスについてはどこもよいように書くわけだから、なんともいいがたい。
 いざというときに担当してくれた人がよく仕事をしてくれる人か無責任かといったことであれば、どうにもしようがない。が、電話のN社の体験を書いたように、別の窓口を通せば、それなりに対応がちゃんとしているならよしとするほかない。
 しかし、体験者の弁などを読んでみると、会社そのものの体質(システム)として顧客サービスへの対応がなってないところもあるようで、そういうところは是非避けたい。
 信頼性については自社による説明のみが頼りになるほかないのだが、生保などのように契約期間が長い場合には会社選びに慎重となるが、車は1年更新だから毎年見直しできる。そう思えば、三○ダイレクトは悪くないだろうと思った次第である。


[TOP]


2004.09.19
理想の住宅

 気象庁によると、大阪で真夏日が88日、東京で67日あったそうだ。たしかに今日も暑かった。ただ夜になると、家の中はなんだかこもって暑いのだが、外は涼しくいくらかましである。とはいっても最低気温がまだ20度以上なのだから暑いというべきなのかもしれない。

 驚くべきことに、このくそ暑い土地柄にもかかわらず、私の住むあたりは庭の余地のまったくない3階建て住宅がすし詰めで建てられている。
 左右が近いのはまだわかる。しかし、家の裏にも家が建っている。つまり、三面となりの家に囲まれているのだ。玄関側しか空間が開けていない。しかもその正面も向かいの家までの狭い通路しかないなどという場合も決して珍しくない。建物は独立しており、それなりに立派であったりもするが、長屋のような状態をイメージしてもらえばいい。

 なぜそんな家に買ってまで住みたいのか理解に苦しむ。マンションの方がよほど風通しがよい。「自分の土地」であることが重要であるのか、「同じ建物」に住んでいることへの拒絶なのか。とりあえず、そういう家でも快適なんだろうか? とまず疑問が泛ぶ。

 しかし、考えてみると、どういう住空間住環境が快適なのだろう。端的に、自分はどういうところに住みたいのだろうかと考えてみると、これぞという形がそう思いつかないことにも気づく。
 もちろん、住んでいれば、色々な不都合や不満は出てくるものである。こうであったらと思う断片はある。しかし、それらを総合してこれぞという形はなかなか難しい。空間の機能性や意匠といった問題もそうだが、環境については好都合な場所もなかなかないし、交通の便やら、隣近所に住む人は選べないこと、近年とみに物騒なことを思ってみても、思いつく先から不都合ばかりが思い当たる。


[TOP]


2004.09.16
魚のように泳いでみたい

 食う寝る遊ぶ猫を見ながら、彼女にできないことをしてみようと、水泳をすることにした。

 ちょうど一年ほど前から、スポーツジムの会員になっている。(その会員になるときの手続きにも問題があってクレームをつけた)。そこにプールもあるので、やってみることにした。靴や着替えなどの道具も少なくなるから行きやすくなるという理由もある。泳ぐのは10年以上ぶりになるだろう。

 ここだけの話であるが、私は泳ぎはたいそう苦手である。25Mがやっとで、50M泳ごうとすると、溺れているような気がして続かない。これは小学校のときからのことで、これではだいぶ悔しい思いをした。そういうトラウマがあるので、ここで是非克服したいという思いもあった。ここだけの話である。

 苦手な原因は、どうも水に浸かっていること自体になじまないことにあるようなのである。
 温泉に浸かるのは好きである。しかし、温泉では頭を水中につけることがない。これがいけない。水中では息ができない。それがどうも心理的に影響するようなのだ。高所恐怖症や閉所恐怖症というのがあるが、私はごく軽微ながら水中恐怖症の気があるようなのだ。息があがってくると、どうも焦ってしまうのである。遠泳など、考えただけで息が苦しくなる。絶対無理。

 それでも、記憶のそこから、いくらかましだった高校時代、そのころの体育の授業の教えをまさぐりながらバチャバチャやっているわけであるが、スイスイという域にはほど遠い。それでも泳いでみれば進むもので、今は他人の目も気にせずやっている。
 ちょうどいいことに泳ぐときには眼鏡をはずさなければならない。周りの人の目が見えないから気にもならない。
 魚のように泳げる日もそう遠くないかもしれないと夢見つつ。


[TOP]


2004.09.15
固定電話をめぐるトラブル

 どうもここ数年、物を買ったり、サービス契約をしたりすると、毎度のようにトラブルが発生する。この夏にもまたあった。

 8月はじめのこと。固定電話の回線が不通になっていることに気づいた。
 電話をかけても全然出ないけどどうなっているのかと指摘を受けて発覚した。道理で届くはずのファックスも届いてないわけだとも納得した。

 拙宅では、6月にインターネットの回線を光にしてIP電話にもしているので、自宅からよそへの送信はできていたのだが、外から拙宅への固定電話の受信が不通になっていたのである。

 実際にいつから電話が不通になっていたのかはハッキリしない。7月末から不通だった可能性がある。ともあれ、気がついたのは夜の9時くらいであったが、N社の故障案内に電話して故障している旨を伝えたところ、翌日にも見に来るとのことであった。屋内配線に問題があれば実費が必要になるとの説明であった。うちは賃貸であるから、仮に施設内の配線に問題があっても、貸し主負担になる。

 翌日早速やってきたのだが、管理会社が休みで修理箇所の鍵があけられないためにできないというので、翌日出直すと言って帰った。その翌日、修理は無事すんだ。直接私が修理人にあっていないので詳細を直接問いただせなかった。請求云々の話もなく、何がどう問題だったのか、よくわからないまま、とりあえず復旧したのでそのままにしておいた。

 ところが9月はじめにまたも不通になっていることが発覚した。今度もファックスが届かないのでわかった。
 土曜日の午前中にわかったのだが、今すぐ来いとの調子で言ったところ、1時間後くらいにはやってきた。
 ついでに、先の修理の時に請求が貸し主の方にいっているかと思って、そっちにも問い合わせたところ、N社から請求などなかったとのことであった。ということは、故障の原因はN社の責任範囲内であったということだ。そこまでわかって、今度は補償させようと待ちかまえた。

 修理の方はそれほど時間もかからずにすんだ。終っての説明を聞くと、光回線の工事のときに(6月半ばに工事をした)、ネジがあまかったのだかなんだか、工事が不完全であったための故障であるらしかった。
 そこまでわかって、さて、この1ヶ月の間不通になったり直ったりを繰り返し、まともに固定電話としての機能を果たしていなかったことをどう補償してくれるのかとたずねてみた。
 修理担当者は、なんだかモゴモゴと不通だった日にち分について日割りで返還しますだのなんのと言っている。
 電話というのはいつかかってくるかもわからない連絡を、安定して待ち受けできてはじめてその機能を果たすのに、いつ不通になるかわからないような状態が続いていたことに対する補償はどうなるんだと言ってみたところ、後から連絡させますといって帰って行った。修理担当者にそれ以上聞いても埒があかないので、連絡を待つことにした。

 果たして故障担当のセンターから連絡はあったのだが、基本的には修理担当者の話と変わらない。あげくに、お客様センターに連絡してくれと言われた。
 ここまでいくと、だいぶ面倒にもなっていたのだが、ここで引き下がるわけにもいかず、電話した。
 お客様センターは、こちらの事情を一通り聞いた上で、あらためて対応を検討させてもらった上でご連絡いたしますとのことであった。

 そして、はたまた後日、また別のところから連絡がきた。ところが、その担当者がどうも物わかりの悪い中年オヤジで、8月はじめから9月最初までの間の基本料金をお返しすればいいですかなどと言っていたかと思うと、かけ直してきて、また日割りがどうのこうのと言い出す始末。
 仕方がないので、お客様センターにした説明を繰り返したうえで、最初の工事に問題があったのなら、その時から9月最初までの間を補償してもらわなくては困ると言ってみた。最終的には基本料1ヶ月分返還で話はすんだ。
 後日、口座に返還されていたとともに、5千円分の商品券も届いた。これにはBフレッツの申し込み特典云々と書かれた紙が入っていたが、私が申し込んだときにこういう特典が付くという話はなかったはずだから、これも謝罪で付けてきたということのようだ。

 長い経緯になったが、こういうトラブルはけっこう多いのではないだろうか。しかし、表に出てこないのでもあろう。

 ところで、最近うわさには少し聞いていたが、固定電話事業をN社以外もはじめるらしい。
 ケーブルテレビの会社などでもすでに始めているとも聞くし、私がマイラインに指定しているところも今年中に固定電話事業を開始するとのニュースも流れてきた。いよいよ電話事業もN社独占時代終焉して大きく変わっていくことになるのだろう。
 すでに拙宅でもIP電話を使っており、固定電話は外からかかってくるのを受信するためにつかっているだけである。とりえず、基本料安いし、不都合なさそうなら新参入の方へ切り替えるか。


[TOP]


2004.09.13
運動の秋到来

 猫が妙に元気ハツラツだ。
 家中飛んで跳ねて猛ダッシュ。
 そうか秋なんだ。。


[TOP]


2004.09.09
「百文の一見」欄のうずまき始動

 早速「百文の一見」欄に記事が届いたのでアップさせてもらった。
 出足好調。
 月に1回くらいずつ定期的にお寄せいただきたく、今後ともどーぞヨロシクお願い申し上げます。

 掲示板も、作ってみた。設置するかどうか迷ったのだが、やはりないと淋しいような気がして、スレッド型の見た目にも遊びのあるものにした。
 雑文記事に、座談記事との類似性を少し思わせる対話式の掲示板という組み合わせ。
 こうして編成してみると、なんだか大正末発刊当初の雑誌「文藝春秋」と近似した性格であるなぁと思う。

 一言注釈しておくと、「文藝春秋」が創刊された大正末期は、いわゆる週刊誌が発行されたり(「サンデー毎日」や「週刊朝日」など)、婦人雑誌が競うように発行部数を増やしたり、文芸誌が大量に創刊されたりと、雑誌文化隆盛の時代でありました。総合雑誌の「中央公論」や「改造」といった雑誌のある一方で、「新潮」や「新小説」といった老舗の文芸雑誌があり、それに対して、文壇内ゴシップ記事やエッセイなど短い記事を中心とした「文藝春秋」が菊池寛によって創刊された。当時の人事とかかわったおしゃべり的な記事が満載された雑誌である。菊池寛は編集後記で、一回に数十人から記事を集めて載せたいなどと記している。
 今読むと、ホントにくだらない与太話も多く、それでいて、雑然としていて、枠組みがあってないような枠でこその記事もある。
 この「文藝春秋」が、昭和に入ってすぐに始めたのが「座談会」記事である。これの源流は、明治の文芸誌や歌舞伎などの演劇系統の雑誌における「合評」記事に求めることができるであろうが、大正末に至って「新潮」が最新の小説を座談形式で合評する記事を出して当たったあと、それを発展させるようにして、最近の話題を数名の人間のやりとりそのままに記事にしてしまうという「座談会」というスタイルが、「文藝春秋」の総合雑誌化とともに始まって爆発的に他の雑誌に広がり、現在にまで至っている。

 さて、「文藝春秋」のとっていたスタンスを、実態はとりあえずおいて、そのスタンスにおいて考えるならば、真面目さと冗談の中間的な場所で、とるに足らない諸々の社会現象や私的思念への関心を、手軽な雑文のうちに書きとめること、思考にはいたらない思念を定型化された思考の枠にはめ込んでしまわないところで書記すること、そうすることで柔らかい思念のうずまく場とすること。
 このページについて自己弁護的に書くとそういうことになるか。


[TOP]


2004.09.07
「雑文誌うずまき」のリニューアル

 長らくHPの更新もとまってしまったので、心機一転、ページの構成や運営方法なども見直してリニューアルすることにした。
 「もともとのコンセプトを活かしながら、できるだけシンプルに」が、リニューアルの方針である。

 コンテンツはとりあえず2本立てでいく。1つは、何人かの友人に声をかけて、雑文を寄せてもらう欄。もう一つはこの日記欄。

 1週間に1回は、何らかの新らしい記事がアップされるようにしていくことを目標にしていく。
 日記欄はともかく、雑文欄「百文の一見」は、身辺の出来事やそれぞれの住む場所や仕事にまつわる話から、時事的な話題や書評等までの雑文を書いてもらうつもりである。思いつきの書き殴り的掲示板とも、しっかりとした情報や論理をもって書かれた記事を掲載する場でもない、その中間をねらった記事を寄せ集める場を考えている。ここに集まる記事は、何か、言葉を読むことの楽しさのようなものがそこはかとなく漂って、パソコンをたちあげブラウザを開いたら、とりあえず見に行ってしまいたくなるようなホームページになることを期待している。どこまでも「百聞=百文」の域を出ない雑文の集積でありながら、ついその雑文を「一見」したくなるような、そういう場。

 雑多な所感を載せるページということであれば、掲示板を用いるのが一般的なようだ。その方が、書き手にとっても気楽であるし、思いついたらすぐ書いて掲載できる。記事についてのやりとりもしやすい。最初の本文にスレッド式に他の人が書き加えていく形式の掲示板などだと管理に手がかからないし、自然発生的に記事も増えていく。こうした形式には、言葉のやりとりがあるわけだ。こういう形式でも、私の考える雑文ページのねらいは達成されるともいえてしまいそうだ。
 それに対して、にもかかわらず、このページで始めようとする方式は、むしろ雑誌や冊子のようなものに近い。編集者としての私がページ掲載用にHTMLに整形してアップする。なんてローテクなページなんだ! しかし、この手法の遅れには、それなりの良さもないだろうかと思ってみる。
 ここで作ってみたいページは、誤解をおそれずに言ってしまえば、テーマのもとに不特定多数に訪ねてきてもらうことを「目的とした」ページではないのである。短時日のうちにやりとりしあうことも遠ざける。そういうページの面白さも良さもあるだろうが、ここではむしろ逆に、特定の誰それだけに囲い込んで記事を掲載し、ゆるやかに知っている者たちのネットワークを形成しながら、ローカルかつトリビアルな話題から、それぞれに異なる関心や知識を寄せ合う場所とする。

 また、掲示板との比較で言えば、掲示板方式の場合には、特定の話題のもとに集まってくる者たちとのコミュニケーションの場となる。それに対して、このページが目指すのは、読み捨てられるかもしれないが、仕事も関心も知識の領域も異なる人たちが、それぞれに書いてくれることで、読んでいる人にとって知られざる世界への回路を開く可能性も期待できないかとも思うのである。「この場所」にくることで雑多な話題にふれることになるような、そういう場となる可能性。それも魅力になり得ないかと思うのだ。

 特定のテーマをもったHPはよそにいくらでもあるし、検索すればこれまた多くヒットしてくる。そういうページの一つを作るのも一つのやり方であるが、サロン的な親密圏を保ちながら、雑文を寄せ集めるというやり方もあっていいように思うのだ。
 だから、この「雑文誌」に書かれることになる言葉・情報は、ホットでもクールでもない、その中間的な「なまぬるい」ものになるだろう。これを否定的に見ることもできるが、気軽で楽しく、新たな知見への回路ともなりうるのだともいえるのではないか。

 とはいえ、私はそうしたページを作ろうとして失敗したバツイチであるし、成算もないのだが、もう一度だけチャレンジしてみたいと思っている。
 リニューアルの趣旨はそんなところである。


[TOP]